長陽村内の四季の風景を壁紙にしました。ぜひご覧ください。

長陽村商工会の紹介です。その他商工会の情報などもご覧頂けます。
長陽村の沿革
大正年間までは、下田城主1,700石・長野城主300石が阿蘇大宮司の支配下にあって、この地を統治していました。江戸時代に至って細川領となり布田手永惣庄屋の統治を受けました。明治3年下田以下4村に里正を置いて統治され、同5年5月に里正に変わって戸長が置かれました。明治12年郡区町村制法により、河陽・下野・長野の3ヶ村は1
行政区として戸長役場が置かれ、明治22年町村制の施行によって長陽村となり、昭和31年8月1日当時の菊池郡瀬田村から立野地区を分村し長陽村に編入含併しました。村名の由来については、長野村と河陽村から長陽村と名付けられましたが、阿蘇の西山麓の緩やかな丘陵地に広がり、いつまでも長く陽光が降り注ぐ本村にとって、正に的を得た命名であります。
その後の主な出来事は、昭和38年国民宿舎落成、昭和48年には、中央公民館落成、九州東海大学開校、老人ホーム湯の里荘完成、昭和50年村民グラウンド完成、昭和51年役場庁舎落成、昭和53年役場立野出張所廃止、昭和60年運動公園が完成しました。近年では、平成5年温泉センターウィナス・阿蘇下田城ふれあい温泉駅落成、平成7年阿蘇ファームランド進出、長野岩戸神楽の里公園完成などがあげられ、様々な施策が講じられました。